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教祖様のおかげ

教祖様は多くのありがたいおかげ言葉を信者に残されています。
その中からいくつかを紹介します。
なお、ここでは平易な現代の言葉に言い換えております。

教えは聞くだけでなく

行ってこそ

お陰となるのです。

信心41

苦労する原因が、

信心を忘れたことに気づくけば

それがお陰なのです。

信心57

我欲を捨て去り、

一心になれば

神はわが心にあることがわかる 。

教語12

今日の命は教祖様が助けて

くれている厚いお陰であることを

忘れてはなりませぬ。

信心49

目に見えるお陰よりも

目に見えないお陰があることを

悟りましょう。

信心63

目先の欲にとらわれるから

うまくいかぬ、

陰徳を積むことが成功の極意。

教語29

春の夜の月に雲がかかるように

難しい願いには必ず原因があります。それを払いのけるとお陰になる。

信心50

毒を薬に、

敵が味方になるごとく

お陰は必ずいただけます。

信心74

教祖様ご聖地巡り

教祖様奥城
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教祖様奥城(墓)

本部教会にほど近い北側香取家の墓地には、教祖様のお墓があります。

明治政府の神仏分離により国家神道に背くとして新宗教は弾圧を受け一時仏式の名で活動を余儀なくされていました。また香取繁右衛門は後年

繁則と名乗っていました。そのため「中興松井山繁則法印」と記していると思われます。

このお墓は周囲のお墓に比べかなり大きく作られていますが、あくまでも目立たないようにされているのが時代を反映しています。

おかげ坂の不思議

おかげ坂の不思議

この坂は上り始めは緩やかな上りやすい坂ですが頂上の鳥居が見えるころには必ず息が切れるほどになります。

これはソレノイド曲線状に徐々に勾配がきつくなっているため知らぬ間に息が切れるのです。

広前にたどり着いたら坂を上っただけで「ああ、ありがたい。お陰で元気に参拝できた。」と感じるのです。

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堅磐谷の金神
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堅磐谷の金神(歳徳金神社)​
- 我が教の金神について ​-

平安時代、安倍晴明らにより「ほき内伝」で金神は祟り神とされ民間に広く広まりました。

さかのぼると五行説ではこの世を創る5要素は「木、火、土、金、水」であり金は「金神」であるとの記述があります。

我が教では金神は天地を創られた神様としております。 特に地の神を重視します。

神戒十箇条の最初に「一. 天道を知りて地の徳を知らぬこと」とあるのはそのためです。

聖地周辺

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